東京地方裁判所 平成3年(特わ)425号 判決 1992年7月07日
主文
被告会社甲野株式会社(旧商号株式会社乙山)を罰金八億円に、被告人Aを懲役三年六月に、被告人Bを懲役一年六月及び罰金一五〇〇万円に、それぞれ処する。
被告人Bにおいて右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告会社甲野株式会社(旧商号は株式会社乙山で、起訴後の平成三年五月二一日に商号変更。)は、東京都渋谷区《番地略》(昭和六三年二月五日以前は同都同区《番地略》)に本店を置き、不動産の売買及び仲介等を目的とする資本金七〇〇〇万円の株式会社であり、被告人Aは、被告会社の代表取締役として被告会社の業務全般を統括していたもの、被告人Bは、昭和六一年二月被告会社入社後、経理課員及び経理課長として被告会社の契約関係事務等を統括処理していたものであるが、被告人両名は共謀の上、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空の支払手数料を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
一 昭和六〇年八月一日から同六一年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九億七八八五万六八六四円(別紙1の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が一〇億一〇八六万四〇〇〇円であつたにもかかわらず、同六一年九月二九日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億三四五八万八四一円、課税土地譲渡利益金額が三億八二三〇万九〇〇〇円であり、これに対する法人税額が一億三一七〇万二八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成三年押第三一六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額六億二二九八万五三〇〇円と右申告税額との差額四億九一二八万二五〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れ
二 昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五六億二八一八万九二一九円(別紙3の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が六四億九七二一万円であつたにもかかわらず、同六二年九月二八日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が七億四三三四万六〇五六円、課税土地譲渡利益金額が四億七三四〇万五〇〇〇円であり、これに対する法人税額が三億九九八一万一五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三六億五六二〇万一三〇〇円と右申告税額との差額三二億五六三八万九八〇〇円(別紙4の脱税額計算書参照)を免れ
第二 被告人Bは、被告会社の関係会社である丙川商事株式会社の名目上の代表取締役をも務めていたが、同会社の実質的経営者である被告人Aから、同会社の資金の管理・出納等の経理事務を任されていたことを奇貨として、丙川商事株式会社が取引先に手数料を支払つたかのように装つて、同会社の資金を自己の掌中に収めるなどして収入を得たのに、自己の所得税を免れようと企て、右架空の手数料の支払いに対応する内容虚偽の領収書を揃えて、自己が資金を獲得したことを隠すなどの方法により所得を秘匿した上、
一 昭和六一年分の実際総所得金額が一億三〇三一万二一五六円(別紙5の修正損益計算書参照)であつたにもかかわらず、同六二年二月二一日、当時の住居地を管轄する東京都新宿区栄町二四番地四谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が一九八三万二一五六円でこれに対する所得税額が三〇二万八四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額七二〇五万八〇〇円と右申告税額との差額六九〇二万二四〇〇円(別紙6の脱税額計算書参照)を免れ
二 昭和六二年分の実際総所得金額が六〇九二万三八八六円(別紙7の修正損益計算書参照)であつたにもかかわらず、同六三年三月三日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が三三三六万円でこれに対する所得税額が五四万七五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額一四五五万六五〇〇円と右申告税額との差額一四〇〇万九〇〇〇円(別紙8の脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)《略》
(法令の適用)
一 罰条
被告会社関係 判示第一の各所為について法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項(情状による)
被告人A関係 判示第一の各所為について刑法六〇条、法人税法一五九条一項
被告人B関係 判示第一の各所為について刑法六〇条、法人税法一五九条一項判示第二の各所為について所得税法二三八条一項、二項(情状による)
二 刑種の選択
被告人A関係 判示第一の各罪について懲役刑選択
被告人B関係 判示第一の各罪について懲役刑選択
判示第二の各罪について懲役刑及び罰金刑選択
三 併合罪の処理
被告会社関係 刑法四五条前段、四八条二項
被告人A関係 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の二の罪の刑に加重)
被告人B関係 懲役刑について刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の二の罪の刑に加重)、罰金刑について、刑法四五条前段、四八条一項、二項
四 労役場留置
被告人B関係 刑法一八条
(量刑の理由)
本件は、建売住宅の建築販売等を中心に業務を行つていた被告会社が、地価高騰の波に乗り不動産の転売等により多額の利益を得るようになつたことから、被告会社の代表者であつた被告人Aと経理課長であつた被告人Bが、共謀の上被告会社の法人税に関して脱税した法人税法違反の事案と、関係会社の代表者を兼ねていた被告人Bが個人的に簿外で得た収入について脱税した所得税法違反の事案である。
まず法人税法違反の事案についてみると、その脱税額は、昭和六一年七月期、同六二年七月期の二年度の合計で三七億四七六七万円余であつて、法人税法違反事件の中でも群を抜いて巨額なものであり、特に昭和六二年七月期は、実に三二億五〇〇〇万円余に上り、単年度の脱税額としては類例を見ないような額となつている。脱税率も、二期通算で八七・五パーセントと高いものとなつている。そして、右の脱税額のうち、不動産の転売による土地譲渡益に対する土地譲渡税が、相当な割合を占めていることに着目せねばならない。すなわち、土地重課制度による課税対象となる土地取引件数の多さや土地譲渡益の大きさ、更に免れた土地譲渡税の額の大きさを考えると、本件では土地重課制度の目的がないがしろにされているところ甚だしく、その点はやはり犯情として考慮せざるを得ない。脱税に至つた経緯、動機を見ると、被告会社は、建売住宅の建築販売事業を中心にして、昭和五五年ころまでは比較的経営が順調にいつていたが、同五六年ころ、横浜市戸塚区で手掛けた宅地造成工事が地盤軟弱のため失敗したり、都内渋谷区初台地区で進めていたマンション建設計画が用地買収に難航して頓挫するなどして、その経営はひつ迫して倒産寸前にまで至り、従業員の多くを退職させ本社ビルも売却する事態を経験し、その後マンション建築予定で購入していた土地を転売してたまたま多額の利益を得ることがあつたため、以後土地の転売によつて利益を上げることに励むようになり、折からの不動産ブームに乗つて土地転売による利益はふくらみ、遂には莫大な利益を獲得することになつた。ところが、被告会社の経営者であつた被告人Aは、折角得た多額の利益を納税に回すことを惜しみ、過去に被告会社が一度は倒産しかけ多数の従業員を退職に追い込んだ苦い経験を有することから、将来経営不振に陥つたときに備えて資金を蓄えておこうと考え、脱税を企図したのである。そうして、被告会社では昭和五九年ころから、架空領収書を集めて架空手数料を計上したり、不動産取引に名目上の会社を介在させるなどして、不正経理により裏金作りを行い、昭和六一年二月ころ被告人Bが被告会社に入社してからは、ますます大規模に脱税のための不正工作が行われるようになつた。企業経営者が自ら経営する企業の業績拡張や企業の存続を願うことは当然であるとしても、被告人Aがそれを脱税によつて果そうとし、被告会社が会社を挙げて業績拡張や蓄財の目的のために脱税を行つたことは、やはり独善的で利己的な行動というほかなく、本件脱税の経緯、動機に特に酌むべきものはないといえる。
脱税額に次ぎ本件法人税法違反事件で際立つのは、被告会社における所得秘匿工作が広範多岐にわたり、周到に計画された巧妙なものであるということである。すなわち、被告会社では利益圧縮による所得隠しを意図して、新たに設立したり経営権を実質的に買い取つた会社を傘下に置いて利用し(弁護人が言うように、被告会社の事業拡大のためこれら会社を傘下に収めていつた面があつたことも一概には否定できないとしても、取引に形式的に介在させるなどして脱税工作に利用する目的が、当初から存在したことが十分認められるのである。)、あるいは被告会社と協力関係にあつた会社や赤字会社を使うなどし、以上の各会社を関係会社として大規模な脱税工作を行つているのである。例えば、不動産取引に関連して、実際には取引に関与していないにもかかわらず、被告会社と売主との間あるいは被告会社と買主との間に右関係会社を介在させて仕入高を過大に計上しあるいは売上高を除外したり、関係会社が仲介や立退交渉等の業務にかかわつたかのように装つて、架空ないし水増しした支払手数料等を計上して費用を多く見せ掛けている。さらに、被告会社では期末棚卸高を除外したり、架空の契約解除違約金や架空の貸倒金を計上したり、協力会社からの利益分配収入を支配下の赤字会社名義で受領し被告会社の収入であることを隠すなどしている。そして、架空の取引をでつち上げるため、虚偽の契約書や架空の領収書を作成あるいは準備し、また伝票・帳簿等関係書類を整えるなど、周到に備えているのである。このように、本件法人税脱税のための所得秘匿工作は、大規模、多岐にわたり、巧妙であつて、非常に悪質なものといえるのである。
被告人両名の個別的事情を見ると、被告人Aは、先に述べた経緯、動機から法人税の脱税をすることを決意し、不正工作を指示するなどして裏金作りを行つていたが、被告人Bが被告会社に入社した後は、同被告人が計画した不正工作の内容や実行方法を了解した上、指示を与えて脱税のための不正工作を遂行させていたのであつて、被告会社代表者として本件犯行を主導したといえるのであり、その責任は一層重いものである。
被告人Bは、被告会社に入社すると、不動産業務に携わつた知識経験から、被告人Aに脱税のための不正工作方法を進言し、被告人Aに目を掛けられた会社内での自己の地位を確保しようとの意図で脱税工作に関与することとしたものであり、加担後間もなくしてからは、不動産取引に関する脱税のための工作として、フローチャートを作成し、関係書類の整え、必要な経理処理をするなどして、脱税工作を自ら積極的に行うようになつたのであり、こうして被告人Bの関与により被告会社では多様かつ大規模な脱税工作が行われたのであつて、被告人Bの積極的かつ広範にわたる加担行為があつたからこそ、本件巨額の法人税脱税事犯は成り立ち得たことは明らかであり、その責任は相当程度に重いものである。
被告人Bはまた、被告会社の関係会社の名目上の代表者を務める間に、所得税脱税事犯も犯している。事案は、被告人Bが二年合計で八三〇〇万円余を脱税したというもので、個人の所得税脱税事案としてはその脱税額は少ないものではなく、脱税率も九五・八パーセントと高い上、ほ脱所得は、被告会社から受け取つた簿外の給与の外、架空領収書発行の報酬として受け取つた収入や、関係会社の経理を一切任されているのに乗じて不法に着服した所得が含まれ、その動機も、全くの私利私欲に出たもので特段酌量すべきものはなく、所得税脱税事犯の犯情は良くない。
一方、被告会社、及び被告人両名のために有利な事情についてみると、被告会社は、前述のとおり極めて多額に上る国家の租税収入を侵害したものであるが、本件起訴時までに、修正申告の上、金融機関から借入れをするなどして本税及び重加算税等附帯税合計四八億円を納め、その他地方税一七億円余をも納めており、これら納税により国等の租税収入の侵害状態は解消されるに至つている。また、不動産取引の一時の好況期が過ぎて、被告会社は事業資金の借入れに加えて納税資金の借入れもし、現在では巨額の借入金を抱えるに至り、その金利負担も大きく、経営は厳しい状態にあること、一方では、被告会社を含む企業グループにおいて、各所においてかなりの規模の事業を展開中で、本件判決の結果によりそれら事業展開に影響を受けることは必至であること、また被告会社は、税理士を役員に迎え、その力を借りて経理処理の充実を図り、不正経理処理がなされないような体制を整えていることなど、被告会社のため酌むべき事情がある。
被告人両名はいずれも捜査段階から事実関係を認め、反省の情は顕著であつて脱税行為の重大性を十分自覚していること、被告人Aは、本件法人税法違反事件の摘発を受けると、被告会社の代表取締役の地位を退いてその経営から離れて社会に対する謝罪の気持ちを表わしているが、同被告人は、それまで会社経営については常に真摯な態度をもつて臨み、その誠実な仕事ぶりには定評があつて、金融機関・施工業者等からの信頼も厚く、一方従業員らに対しても親身に面倒を見てやるなどしてその信望を得ていたこと、被告人Bは、本件法人税法違反事件について積極的に不正行為を行つているが、それは、同被告人の被告人Aの期待に少しでも応えたいとの主観的な心情と被告人Bの置かれた地位・立場から行わざるを得なかつたという面が多分にあり、同被告人が個人的に殊更脱税を意欲したといつた悪質な動機・原由によるものではないこと、被告人Bは所得税法違反事件については、起訴時までに修正申告の上本税等一億五九〇〇万円余の納税を済ませており、さらに妻や幼い子を抱える家庭の事情があることなどが認められる。
そこで、以上の各事情及びその他諸般の事情を考慮し、脱税に対する一般予防の観点からの考慮も加味して、被告会社及び被告人A、被告人Bについて、それぞれ主文のとおり量刑する。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦 繁 裁判官 伊藤正高 裁判官 渡辺英敬)